「見守られる」から夢中が育つ?フィンランドの子育て【夢中観測ツアーinフィンランド】
フィンランドの教育が世界トップレベルなのは有名ですが、くらしの中での子育てはどうなのでしょう。
それが知りたくて、去年フィンランドを訪れたときに出会ったお父さん、お母さんたちから教えてもらった、フィンランド流子育てをご紹介します。
50にして初めてのホームステイ、タンペレにほど近い町に住むフィンランド人の30代ご夫婦と、8歳と4歳の男の子の4人家族の家にお世話になりました。
家に着いた私に、日本語を話せるお母さんが一番にしてくれたのは、家のまわりの庭と森にあるベリーの木の紹介でした。
ベリーを紹介してくれるお母さん
ベリーの季節にはまだ早く、実を見ることはできませんでしたが、食事の時にはいつも、おばあちゃんが作ってくれるベリーのジュースを出してくれました。
なつかしくて、おいしい、気がつくと冷蔵庫から出して家族のだれかが飲んでいる、まさしく日本の麦茶のような存在なんです。
おばあちゃんのベリージュースとチーズが定番。なんとトナカイの肉も。おいしかったです!
森を散歩しベリーやきのこを収穫し、湖で泳いで、そして冬には厳しい寒さに向き合う。自然がいつも近くにあり、自然の恵みを存分に享受して暮らすことが、フィンランドでは本当に特別なことではないんです。
厳しい自然と向き合うことで育まれた合理的な生き方は子育てにも影響しているんですよ。この話はのちに。
見守ることで育てる。コントロールしない。
フィンランドで気づいた居心地の良さの理由のひとつが、街に禁止事項の表記がほとんどないことでした。
街中を走るトラムの車中やサウナにある熱々のストーブにも何も書いていないんです。
それは家でも同じでした。
日本ではそれはしちゃダメ、お菓子は食べちゃダメ、とダメを何度も聞くことになるのが普通だと思っていましたが、フィンランドでは子どもに何かを制限するシーンを見ることがほとんどないんです。
ホームステイをした家の8歳のお兄ちゃんは、ちょっとやんちゃで、大きな声で叫ぶし、とにかくじっとしていない元気な子でした。お母さんも大きな声でたしなめることはありましたが、なぜいけないかを丁寧に説明していて、怒るのとは違う感じでした。そして子どもに強い口調で話すときは必ず、子どもの体を抱き、顔を見ながら話すのです。
とにかく、やりたいようにやらせて、危ないことでなければ見守るだけ。
食事どきもダメだということは一度もなく、子どもたちは自由に食べていたし、家のまわりには塀や壁がないので知らないうちに敷地を越えて隣の子たちと遊んでいたし、部屋の扉は落書きでいっぱいだったけど怒ることなく、お父さんが週末に黙々と消している。そんなことが普通なのです。
黙々とドアの落書きを消しているお父さん
ある日、弟が外で遊んでいると、強い雨が降ってきました。
風邪を引いちゃうからやめた方が…と私が思ったのですが、お母さんはちらっといる場所を確認しただけで、なんとそのまま遊ばせているのです!早く家に入りなよー!と言いたい気持ちを抑え、私も見守ることにしました。
遊び終わるとお母さんはすぐにタオルで丁寧に体を拭いて、新しい服に着替えさせていました。風邪を引くからやめなさい、というのとは違うそのやさしさがすごく印象的でした。
雨でずぶ濡れになっているのに遊びに夢中
別の日に保育園に弟を迎えに一緒にいったときも、先生は子どもと遊んでいるのを少し離れたところから見ていました。
ちゃんと見守っている、けれども決してコントロールしない。これがまさに、フィンランド流の個の夢中を尊重する子育てだと知りました。
4歳の子どもも見てくれている、心配してくれているということがわかっている。その感覚が、街に禁止事項がないこととも、つながっている気がしました。
フィンランドの人は、子どもも含めてあまり大声を出すことはなく静かな人が多いと聞いていました。街でも、電車でも、トラムでも、サウナでも、子どもも、大人も、たしかに静かでした。おとなしい、お行儀がいいというのとも違って、ただ、普通に静かにいるのです。
でも、ホームステイの家では、上のお兄ちゃんの叫び声やお母さまの子どもへの大きな声を聞いたときには、あ、日本と一緒ね、と少し安心したりもしてしまいました。
学校は、自分の人生を生きる力を鍛える場所。
もう一人のお母さんは、古都ポルボーに暮らす久美子さん。
フィンランド人と結婚され、フィンランドの地方都市で教育関係の仕事をしながら子育てをしてきた日本人の女性です。息子さんは20代後半となりすでに独立されているとのことでした。
「ポジティブにあきらめる」フィンランド式を教えてくれた、日本との架け橋のポルボー在住25年の久美子さん
フィンランドは“自分を生きやすい国”だと話してくれた久美子さん。そのためにまずは自分がどうしたいかわかっていることが大事なんだ、とも教えてくれました。
フィンランドに来たばかりの頃は大変だったそうです。まず、自分がどうしたいかがわからない。日本では見本がたくさんあって、選択肢もたくさんあって、どうしたいかを深く考えてこなかったことに気づかされたとおっしゃっていました。
フィンランドでは、何になりたいかではなく、どう生きたいかをいつも問われるのだそう。
学校は必要な学習だけでなく「あなたの人生を生きる力」を鍛えてくれる場所だとおっしゃっていました。
何になりたいかを目標にしてしまうと、試験に落ちた、希望する職業になれなかったと、自己肯定感が下がることにつながるそうで、なるほど、どう生きたいかと考えていけば、職業はあくまで手段になるわけで、その仕事に就けないからやりたいことができない=失敗ではなくなるのですよね。
その考え方、いいかも。
ポルボーで遭遇した高校卒業の女の子たち。フィンランドではお揃いの白い帽子をかぶって記念写真を撮る風習があるそうです。
あきらめることが、ネガティブなことじゃない。
久美子さんによると自分の人生に責任をもって生きられるために、先生以外に相談員が中学校にいるなど、フィンランドではさまざまな仕組みがあり、子どもたちはそのサポートの中で、いつでも自分のやりたいことを相談しに行くことができます。
自分のことは自分で決めて生きなければいけないけれども、決してひとりぼっちではない。大人は見守り、いつでも助ける準備があることを示し、その中で子どもは助けの求め方も学ぶのだそう。いつでも助けを求めていい社会なんだということを、そうやって理解していくのです。
当然、日常生活では、いろいろなことが起きるわけで、できなかった時に子どもは大人と、とことん話をすることになるわけです。なぜ上手くいかないのかずっと話をしてくれる人がいる、それってとても贅沢なことだよなあ、なんて感じてしまう、自分の考え方にこそ不自然なのかも…と考えさせられました。
久美子さんの言葉で最も心に残ったのは「ポジティブにあきらめる」ということ。
助けてもらえることが普通なので、いろいろなことを隠さなくてよくなるし、弱いことも言えるようになるのだそうです。人との明らかな違いを知り、自分のできないことはできないと前向きに認めることができる、という久美子さんが印象的でした。フィンランドで感じた“寛容さ”のルーツは、ポジティブにあきらめることなのかもしれません。
もう一人出会ったフィンランドで子育てする日本人のお母さん、田熊さんが話してくれたフィンランド語の「Maalaisjärki(マーライシィヤルキ)」という言葉も忘れられません。
フィンランド人はコンセプトや全体感を大事にしているヘルシンキデザイナーの田熊さん
辞書的にはMaalaisが「田舎の」、järkiが「常識、判断能力」で「日常の中で必要な知恵」というふうな意味らしいのですが、「普通に考えたらこうだよね」という言葉にしてくれた田熊さん。とてもしっくり理解できます。
もともとフィンランド人は自分たちが「森から出てきた人間たち」と考えていて、いつも自然とともに暮らしている。それをアイデンティティとして本質的に共有しているんだそう。
だから生きる上で、何が一番大事かの優先順位もよくわかっている。
フィンランドではいろいろなところでそれを感じることができました。
厳しい自然と向き合うことで育まれた合理的な生き方が、必要以上に競い合わず、細かいところまで注意書きで縛ることなく、子どもたちを子ども扱いせず、意志を大切に育てていることにつながっていて、やさしく、強く、幸せな社会を形成してるのかもしれませんね。
自分らしく生きる人を、社会全体が助けてくれる。
そんなフィンランドでは中学2年か3年どちらかで、自分の将来をいったん決めるんです。
それが職業体験。
自分で自分のやりたい仕事を決めて、自分でお店や企業に依頼をします。街の大人たちが、それを受け入れる仕組みが整っているのですね。自分で自分の人生を生きようとする子たちを社会全体が支えて育てる、そんなところもフィンランドらしいなと感じました。
地面の落書きもそのままの保育園のエントランス。
とある日本のお母さんが「今の子どもたちは、親と先生と、自分を監視する役割の大人以外と出会うことが少ないのよね」と言っていたのを思い出します。くらしの中で大人と子どもが触れ合う場があるってすごく大切なことなのかもしれないと思いました。
そしてフィンランドでは18歳で成人です。高校生であっても18歳になると成人なので、親には学校からのお知らせが一切届かなくなるんだそうです。一人の人間として扱われる、ということなんでしょうね。
庭に設置する遊具を決めるときは子どもにもどれがいいかちゃんと聞くそうです
フィンランドは教育は無料。
大人になっても、何回でも教育を受けられる社会です。
日本とは違うよね、と言ってしまうのは簡単ですが、フィンランドは国の意志として教育と福祉に集中すると決めて、進化させることにリソースを集中させ、それを今もやり続けている。
昔から自然にそうだったのではないのだと知りました。
自然が厳しく、人口が少ないから合理的じゃないと生きられないんですとみなさんおっしゃっていました。自然との幸せなくらしを社会がいつも見守っている。それがフィンランドの普通なのです。
あれもダメこれもダメと言わずに、無関心でもなく、見守ることで自分の夢中に気づける。失敗ではなく、ポジティブにあきらめて、次にトライする。ここらへんは会社などの組織での人材育成に大きなヒントがありそうです。
【ホームステイで観測した夢中になるためのヒント】
・「ダメ」とはまず言わない。ていねいに話して教える。
・ 見守ることで、自分のやりたいことに夢中にさせる。
・あきらめることが、ネガティブなことじゃない。
・ 何になりたいか、ではなくどう生きたいかを大切にしている。
・自分ができないことは、周りの人に助けを求める。
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