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〜「夢中力」の鍛え方〜 脳科学の専門家に「夢中」ついて聞いてみた(中編)

夢中に脳科学からアプローチする本企画。前回に引き続き、臨床の現場で精神科医をしながら脳科学を専門分野として研究し、現在はICTを活用した新規ヘルスケア事業を開発するリンクスパイラルの小林啓之さんに、くらしの夢中研究員のエバンスキーが聞きました!

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株式会社リンクスパイラル Founder & COO小林啓之さん
精神科医を10年経験。臨床医と並行して統合失調症や躁うつ病などの予防を研究。ケンブリッジ大学への留学を経て、帰国後は大手製薬会社で精神疾患の研究や創薬の研究開発を行う。その後、別の製薬会社に移り認知症やがんを研究。これまで経営幹部として医薬品ビジネスに幅広く携わるとともに、ビッグデータ解析やAIを用いた行動特徴量分析など、ICTを活用した新規ヘルスケア事業を複数開発・上梓した経験を持つ。2020年より独立し株式会社リンクスパイラルを創業。精神保健指定医。日本精神神経学会専門医。専門は予防精神医学、社会精神医学(疫学)。

夢中を客観的に測定するには?

―――前編では、夢中とは何かを脳科学アプローチでお聞きしてきました。日本と海外で夢中に対する認識に違いはありますか?

小林:日本の場合は「無我夢中」「一心不乱」「無我の境地」などと言うように夢中になることをポジティブに捉えています。しかし英語だと「addiction(中毒)」「preoccupied(気を取られる)」など、依存や病的な熱中を指すことが多く、どちらかと言うとネガティブに捉えているようにも感じます。

日本は、オタク文化に代表されるように、一つのものを突き詰める美学があり、またそれを尊重する文化的な背景がありますよね。アメリカだと幅広く視野を持つことや、多くの物事に反応できる人のほうが、どちらかというと尊重される印象です。子供のスポーツへの取り組みも、海外では色々なスポーツをやらせますが、日本は一つのことに打ち込み、やり遂げるほうがよいという風潮があります。

―――くらしの夢中観測所ではこれから、夢中の状態を客観的に計測してみたいと考えているのですが、測ることはできそうでしょうか?

小林:可能だと思います。心理学的には注意や集中の度合いを測定する、あるいは内発的動機づけのような報酬バランスを測定するための質問紙や面接手法があります。

しかし、その場合は、主観的な評価が多くなるので、客観的に測定するものとしては脳波を検出したり、心拍や瞳孔径などの自律神経系のセンサーで測ったり、より医学的には脳MRIなどを用いて測定することもできます。

ゲームの開発ではすでにやっているかもしれません。面白いゲームをやっているときは、瞳孔が開き心拍が上がり、発汗したりしていて、パソコンのカメラでそれらのデータを取れたりもします。一方でリラックス型の夢中の場合は、リラックスしていることを示す脳波「β波」が出てくるので、別の種類の夢中になっていると判断ができます。

―――くらしの夢中観測所では、引き続き研究を進めていこうと思います。夢中と幸福度なども、因果関係がありそうですね。

・夢中に対する印象は日本と海外とで異なり、日本ではポジティブに捉えられる傾向にある
・夢中状態は、自律神経系のセンサーや脳MRIなどを用いて客観的に計測できる


夢中になることが、「結果的に次のジャンプを生む」

―――では、夢中の効果効能についても聞いてみたいと思います。夢中になると、人にはどんな良いことがあるのでしょうか?

小林:夢中の状態では、神経伝達物質が常に働いている必要があり、そのおかげでそれらの物質が分泌され回収されるモデルが効率的に回転していきます。その結果、例えばうつ状態を改善したり、行動力を維持・向上させたり、外部に注意・関心を維持することで社交性を高めたりできます。

また、夢中状態は脳に負担をかけなくて済むということを前編でお伝えしましたが、つまり「脳の内部リソースを温存できる」ということです。それは、集中しなくてはいけないタイミングでうまく内部リソースを配分できることにつながります。

うつ状態やメンタルが弱っている時は、内部リソースを過剰に使ってしまっている状態なんです。ああでもない、こうでもないと考えるタスクが多いときは、脳への負担が大きい。結果として、しかるべき時に上手くリソースを使えなかったり、枯渇していたりします。

―――なるほど。脳のエネルギー不足になっているわけですね。もしかすると、「内部リソースに余裕がある時のほうがアイデアが発想しやすい」ということもあるのでしょうか?

小林:あると思います。「夢中」になって脳に負担がかからない状態を作ることが、脳に余白を持たせ、結果的に次のジャンプを生むのです。

チベットで1日10時間瞑想している人の脳を研究した結果、何年も瞑想をしてきた人は認知力が高く、難しいパズルなどを上手く解けることが分かったそうです。

それから感情のマネジメントが上手くなり、喜怒哀楽をコントロールできるようになります。脳の構造上のネットワークが変わり、脳の機能自体が進化していくという実験結果が出ているんです。

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・夢中状態は、行動力の維持・向上、社交性を高めることが期待できる
・夢中状態では内部リソースを温存できるため、集中すべきタイミングに内部リソースを配分できる
・夢中になることで認知力を高めたり、感情のマネジメントが上手くなったりすることも期待できる


「夢中」と「集中」の最適なバランスとは?

―――「夢中の状態は脳に負担をかけない」ということを伺ってきましたが、ここで質問させてください。
「脳に負担をかけない」ということは、「脳を怠けさせている」…とも言えるのではないかとも思いました。人間の成長という面では、脳にあえて負担をかけて、訓練させることも必要なのではないでしょうか。

小林:まさに、脳に負担をかけない状態が続くと、脳自体はそこがゴールだと勘違いして進化を止めてしまいます。人間は生きていくために、自分を取り巻く社会の課題を克服していかなければなりません。当然、難しい課題を処理する必要が出てきます。だから、適度に脳に負荷がかかる「集中」を取り入れていく必要があります。

「夢中」になっている状態は、それ自体が「脳に負担がかからない・リラックスできる」という意味でも重要です。さらには、そのような夢中状態になれる時間をつくり、脳のリソースを温存しておくことで、人間が集中する必要があるときに備えるという点も重要です。

―――「集中するためにも、夢中の時間があると良い」ということですね。このバランスについてはもう少し詳しく伺っていきたいと思います。

・負担をかけない状態が続くと、脳は進化を止めてしまう
・脳を成長させるためには、ある程度の負担をかける集中も必要


脳の内部リソースは、容量を増やせるのか?

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―――脳内のリソースを“タンク”に例えてみたいと思います。人間はこのタンクが空にならないように注意しながら生きているわけですが、その容量を増やす方法はあるのでしょうか?

小林:容量という視点は重要ですね。タンクが大きければ、リソースをたくさん蓄えておけます。集中するときに使うエネルギーは多いので、タンクは空になりやすい。毎日何時間も睡眠をとらなければならないのは、脳が休まらないとタンクの中にエネルギーが補充されないシステムだからです。そのため、タンクの容量を広げるというのは重要なポイントだと思います。

タンクの容量を広げるためには、タンクの緊張と弛緩を繰り返す。つまり、集中とリラックスを交互に行うことが有効です。その繰り返しによって、少しずつタンクの弾力性を高めていくことができます。逆に、脳を休めずに集中状態を続けていたり、ただリラックスした状態を続けるだけでは、タンクは大きくなっていかないと思います。

―――筋トレとも似ていますね。酷使しすぎてもよくないし、甘やかし過ぎてもよくない。

小林:タンクを上手く広げられる人は、夢中の時間を自分で作れる人とも言えるかもしれません。夢中の時間を持つことで内部リソースを温存し、集中するべきところで内部リソースを消費する。そして、睡眠をとったり夢中な時間を持ち、リラックスすることでリソースを回復していけるんです。

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―――同じ情報に触れたときにも、タンクが大きい人と小さい人では、感じ方が変わってきそうですね。タンクに余裕がある人は外部刺激に注意を向けて処理できるけど、タンクが枯れているひとは情報を処理するリソースが足りないからスルーせざるを得ない。

小林:はい。ドーパミンやアドレナリンといった、いわゆる神経の伝達物質は、脳全体のエネルギーの容量を決めているパラメーターだと思います。神経の伝達物質はしっかり働く人となかなか動員されない人がいますが、脳にゆとりがある状態であれば、出やすかったり、色々なことに反応しやすかったりします。

―――「夢中状態への入り込みやすさ」自体も、鍛えられていくのでしょうか?

小林:そうですね。普段から夢中になれる瞬間が多ければ多いほど、夢中状態になろうとする力が脳の中で働いて、上手く夢中状態に移行できるようにと脳が学習をしていきます。スポーツ選手だったらゾーンに入りやすくなるなど、経験や学習によって培われていくものでもあります。

・集中とリラックスを交互に行うことで、脳のリソースのタンクを広げることができる
・タンクが大きい人は、神経の伝達物質が出やすく、何かに触れたときに反応しやすい
・夢中になる瞬間が増えていくと、脳が学習し、夢中状態になりやすい体質になる


「夢中」と「集中」を行ったり来たりすることが大事

―――小林さんのおかげで、夢中についてなんとなく分かってきました。

これまでのお話をおさらいすると、夢中は脳の内部リソースを使わずに休めている状態で、2種類のタイプがある。一つは「没頭型」でアドレナリンの分泌が高まって、ゾーンに入るようなどんどん集中が加速していく状態。もう一つは「リラックス型」で、アドレナリンの分泌は少ないけれど無心でリラックスしている状態。どちらも外界からの情報を遮断して目の前のことに集中できていることは共通しているけど、神経の伝達物質の出方が少し違う。

夢中と集中を行ったり来たりすることで、脳内のエネルギーを貯めておけるタンクの柔軟性が増し、集中するスピードや深さが鍛えられていく。集中ばかりでなく、ちゃんと夢中やリラックスの時間を持つことが大事なんだと感じました。

そしてなにより、その夢中になる力は、年を重ねても訓練次第で上達できそうということも分かって希望が持てました!

小林:そうですね。訓練と言いますか、「夢中になる対象に反応しやすい脳に整えていくこと」が重要ですね。

大人になるほど、マルチタスクで行動することが多くなって夢中になりにくくなっていきます。脳内のエネルギーは有限なので、他のことでいっぱいになっていると、本来であれば没頭して夢中になれるはずのことでも、脳が反応しきれず夢中になれないまま終わってしまうことがあるんですよね。

夢中になったときに出るノルアドレナリンはドーパミンからできていて、ドーパミンが増えてくると分解されてアドレナリンになっていくサイクルなので、まずは対象に意識を向けることが大事です。意識を向けることで、脳がアドレナリンを出しやすくなったり、上手く切り替えができるように鍛えられていく。そういう訓練によって反応しやすい脳をつくっていくことはできるのかなと思います。

―――反応しやすい脳に整えていく…すごく大事なテーマな気がしました。まずは目の前のことに集中するように心がけてみようと思います。次回は「機械は夢中になれるのか?」を入り口にしながらお話を広げていきましょう。

・夢中になったとき、脳内ではドーパミンが出る→ドーパミンが分解されてノルアドレナリンになる→さらに変化してアドレナリンになる、というサイクルが起きている
・反応しやすい脳に整えるために、マルチタスクを避け、目の前のものに意識を向けるようにするとよい
・対象に意識を向けることで、脳はアドレナリンを出しやすくなる

〜そもそも夢中ってなんだ?〜 脳科学の専門家に「夢中」ついて聞いてみた(前編)
https://note.kracie.co.jp/n/nceb52cb9730f

〜老いても「夢中力」は衰えない〜 脳科学の専門家に「夢中」ついて聞いてみた(後編
https://note.kracie.co.jp/n/nace12889e74c

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