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生きる時間が足りない。女性たちに「新しい時間割」を。【VERY統括編集長 今尾朝子さん #会いたい人に 会いに行きました】

女性向けファッション・ライフスタイル誌の中でトップクラスの発行部数を誇る『V E R Y 』。3 0 代から4 0 代前半の子育て世代の女性を対象とし、「シロガネーゼ」や「公園デビュー」といった流行語を生み出すなど時代の空気をつくってきた雑誌です。

2 0 0 7 年に編集長に就任した今尾朝子さんは、それまでのハイクラスなイメージの『V E R Y 』を一新。「かっこいい」「強い」主婦のあり方を提案し、雑誌を成長させてきました。

読者に支持される理由は「言葉にできない私の気持ちが書いてあって驚いた」と言われることもあるという、リアルな特集記事。その秘訣は、徹底した「ドクチョウ」にありました。


幸せな子育てなのに 生きる時間が足りなすぎる

岩倉:今尾さんは、35歳で『VERY』の編集長になったんですよね。

今尾:名前をつけるところから関わった雑誌『STORY』の編集に没頭していたら、突然「『VERY』の編集長になれ」と言われたので、「なんで、私が」と頭が真っ白になりました。

岩倉:しかも、光文社の雑誌で女性の編集長は、今尾さんが第一号だったと。

今尾:それもあって、最初は信じられませんでした。「忙しいんだから、冗談言ってないで本題を言ってください」と返してしまったくらいです(笑)。

岩倉:私も、日用品事業のカネボウホームプロダクツの社長をやれと言われた時に、「冗談はやめてください」と返しました(笑)。あまりにも急な話だったし、当時43歳だったので今までの先輩が全員部下になったんですよ。そんなことあるのか、と。周りもみんな驚いていました。

今尾:大抜擢だったんですね。私はプレイングマネージャーとして編集長になったんです。それまでマネージャーとしての勉強はしていなかったため、編集部の皆さんにご迷惑をおかけしながら現場で学んでいきました。雑誌づくりは人が一番大事。マネジメントは今でも難しいですね。

岩倉:クラシエは現状、役員を含む経営陣に女性はおらず、若い社員が「モデルケースがいない」と困っていて……。今尾さんは、子育てと編集長の仕事をどう両立していらっしゃるんですか。

今尾:子どもができてからは、5時半で退社する働き方に変えました。子どもがいる女性は編集長になれない、夜遅くまで働かないと編集長の仕事はできない、というふうにはしたくなかった。そうしないと、後に続く人がいなくなってしまいますから。なんとか編集長を続けてこられましたが、まだまだ働く女性にとってフェアな社会ではないと思います。

岩倉:よくわかります。

今尾:2023年5月号の『VERY』で「私たち、生きる時間が足りなすぎる!」という大特集を組みました。これは働くママの切実な叫びなんです。子どもが幼い時期は、子育てと仕事の両立が本当に大変。本来は子どもの成長を間近で見られる最高に幸せな時間のはずなのに、正反対のつらい心情になってしまいがちです。『VERY』としては、さまざまな制約がある中でも、あなたが今いる場所はこんなに輝いているんだということを伝えていきたいと思っています。

岩倉:私は、子どもが幼い頃の記憶があまりないんです。子育てを妻に任せっぱなしで……。単身赴任も多く、久しぶりに家に帰ると居場所がない、なんてこともありました。

タイトルの言葉や特集企画が生まれてくる源は「読者調査」。読者の声をじっくり聞くことで、他の雑誌とは一味違う、リアルな誌面が作れるのだそうです。


夫婦のジェンダーギャップをなくすために

今尾:今の子育て世代は、ポジティブに家族一緒の時間を作ろうとしますよね。新型コロナの感染拡大の影響でリモート勤務が普及したことも、家族一緒の時間が増える要因になっていると感じます。

岩倉:新型コロナで生活の仕方は大きく変わりましたね。結婚してから、土日以外に家で食事をした記憶がほとんどなかったんですが、今はほぼ毎日妻と夕食を食べています。「やることないなら手伝って」と言われるので、台所に立つこともあります。

今尾:変われるのはすごく素敵なことですね。

岩倉:歳をとってくると、次は親の介護が必要になることがある。そう考えたら、子育ての時点で家のことと仕事を両立する働き方に慣れたほうが、対応できるんじゃないでしょうか。時短で働くコツやその時に生まれる悩みなどは、男性も知っておいたほうがいいと思います。『VERY』も読んだほうがいいですね。

今尾:最近はご夫婦で読んでくださっている読者さんもいるみたいです。企画ではママたちの小さな違和感やボヤキをいろいろ拾っているので、そこからママの悩みをパパにも知ってほしい。最近反響があったのは「もやつくママ続出夫の筋トレが止まらない!」という特集。筋トレって、体を鍛える前向きな行動ですし、世間ではいいこととして捉えられていますよね。でも、ママの立場からしたら「自分にはそんな時間ないんだけど」という気持ちもあるわけです。

岩倉:これは盲点でした……筋トレしているパパはむしろ「健康に気を使っている俺、がんばってる!」くらいに思っているでしょうね。

今尾:そうなんです。でも、そこでママがパパを責めたら家庭の雰囲気が悪くなる。そこで、筋トレへの肯定的な意見と否定的な意見を両方紹介して、ママたちの気持ちを代弁するような内容にしました。こうしたもやもやについても、『VERY』を一緒に読んで話し合ってもらえたら、と思っています。コミュニケーションのきっかけになれたらと。読者の声から生まれ、2年間くらい続いているヒット企画もあります。それは、「かまへん」企画。

岩倉:「かまわないよ」という意味の「かまへん」ですか?

今尾:そうです。発端は、とある読者さんが「家事も育児もいろいろ回らなくて適当な私を、夫がいつも”かまへん、かまへん“と肯定してくれる。夫のいちばんいいところ」と言っていたことです。「こうでなければいけない」と完璧を求める気持ちが、ママたちを追い詰めていると感じることが多かったんです。だから、『VERY』が読者の高いハードルを「完璧じゃなくて、かまへん」と下げられたらいいなと。

岩倉:たしかに関西人はよく「かまへん」って言いますね。おもしろいですね。

今尾:今年、新しいライターさんの募集をしたら、「かまへん企画」が『VERY』との出会いだったという方がいらっしゃったんです。産後うつでつらい時期に、「外出したほうがいい」と親に言われて本屋に行ったら、『VERY』があったと。開いてみたら「◯◯しなくても、そんなのかまへん!」とたくさん書いてあり、安心して思わず泣いてしまったという話をしてくれました。

岩倉:もう『VERY』はファッション誌を超えて、生き方を示す雑誌になっているんですね。

今尾:『VERY』は「ファッションライフスタイル雑誌」だと思って編集しています。編集部のインナーの目標として「ファッションの力でママたちを応援する」と「夫婦間のジェンダーギャップを解消していく」という2つがあります。すべての企画がそれにつながるよう、意識しているんです。

『VERY』がブリヂストンと共同開発した子乗せ電動自転車「HYDEE.B」。読者 調査で、ママチャリに「ダサい」「乗るのが恥ずかしい」「子どもを前に乗せるとガ ニ股になるのが嫌だ」といった不満を多く聞いたことから今尾さん自らブリヂス トンにプレゼン。デザイン性と性能を兼ね備え、先行予約販売が40分で完売し たヒット商品です。


わかったつもりがいちばん危ない

岩倉:こうしたリアルな声は、読者へのアンケートなどから拾ってくるのでしょうか。

今尾:光文社では昔から「読者調査」略して「ドクチョウ」を丁寧にやる、というカルチャーが根付いています。ただアンケートをとるだけでなく、読者の方に直接お会いして、お話をじっくり聞くんです。とにかく読者の声を聞いて、企画を出す。私もそれをとても大事にしていますし、編集部みんながそうです。私も子どもがいますが、だからといってママの気持ちがわかるとは思っていません。ママといっても、仕事や環境、世帯年収によっても考え方がぜんぜん違う。世の中の価値観が変わっていくスピードも早い。「わかったつもりになるな」と自戒を込めて、お話をうかがっています。

岩倉:『VERY』は以前、もっとハイクラスな女性を読者対象としていたと聞きました。ドクチョウによって、雑誌自体が変わっていったのでしょうか。

今尾:『VERY』の創刊は1995年。当時は、30代の主婦層向けファッション雑誌でした。当時は専業主婦が圧倒的に多く、家のことはママに任せた!という時代。でも、私が編集長になった2007年にドクチョウをしてみると、働いている女性も増え、かわいいと言われるよりかっこいいと言われたほうがうれしい、というマインドのママたちが多かったんです。そこで、編集長になって第一号の特集タイトルは「『カッコイイお母さん』は止まらない」にして、雑誌の表紙に載るコンセプトコピーも「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」に変えました。

岩倉:「かっこいい」「強い」がプラスに捉えられるように、時代が変わったんですね。

今尾:「ハンサムマザー」という新しい主婦像を打ち出し、これまでの『VERY』には載っていなかったようなブランドの服を紹介しようとしたんです。でも、「主婦」がターゲットの雑誌に載せたくないとアパレルブランドから断られて。ショックでしたね。こんなにも主婦というのは、世間からマイナスイメージを付与されていたのか、と。そこで今度はあえて「主婦」を全面に出した「『主婦らしい』私が今の誇り」という特集を組みました。その号が売れたのは本当にうれしかったです。

岩倉:編集長になられてから15年が経ち、読者の考え方もまた変わってきましたか?

今尾:日々、変わってきていると思います。今の若いママたちは、勇ましく連帯するよりも、もう少しゆるくつながる方が心地よく感じられるのかな、とか。なので、見出しの言葉の使い方も、例えば「私たち」を多用しないなど、変化しています。世代や社会の空気によって言葉の感じ方は変わるので、「この言い方は刺さる・刺さらない」というのは試行錯誤しながら調整しています。

岩倉:常にアップデートしていく必要がありますよね。

読者とともに悩んで、一緒に少しでも前に進めたら

今尾:雑誌は、新しい価値観や発想がなければおもしろくないですよね。コロナ禍を経て、コンセプトコピーは「私たちに、新しい時間割り」に変えました。新型コロナの影響でリモート勤務が普及し、むしろ大変になったこともあるけれど、コロナ前に逆戻りしたいというママはインタビューするとほとんどいませんでした。出社していた時よりも、隙間時間に家事をするなど、効率よくタイムスケジュールを組めるようになったのが大きいかと思います。「時間をやりくりすることで、生き方を自分で決める力があると気づいた」という声もあった。そこから生まれたコピーです。

岩倉:読者と考えながら『VERY』も変わっていくんですね。これからの『VERY』の役割はどうなっていくのでしょうか。

今尾:読者の課題は変われど、読者の日常のハッピーを増やしていく、という役割は続いていくと思います。ここは、クラシエさんとつながっているのかなと。

岩倉:そうですね。お客様のハッピーを増やすには、お客様のことをよく知らないといけないのだと、お話をうかがって強く思いました。時代とともにお客様は変わるのに、作り手の我々が変わっていなかったら、感覚がずれてしまう。キャッチコピーの言葉一つをとっても、自分たちが良いと思った言葉がお客様には響いていないかもしれない。自分たちに対して「クラシエ調査」略して「クラチョウ」をやってみたらどうだろう。今まで「わかったつもり」になっていた自分たちの姿を、よりリアルに捉える体験を通して、自分たちも変わることができるかもしれません。


今尾 朝子
株式会社 光文社
VERY統括編集長

フリーのライターを経て、1998年に光文社に入社。『VERY』編集部、新雑誌『STORY』の立ち上げに携わった後、2007年『VERY』編集長に就任。同社において女性がファッション誌の編集長に就いたのは初めて。就任以来、右肩上がりに部数を伸ばし、『VERY』を全女性ファッション誌ナンバー1まで引き上げた。出産・育休を経て、現在も編集長の仕事を続けている。


岩倉 昌弘
クラシエホールディングス株式会社
代表取締役社長執行役員

1961年兵庫県生まれ。関西大学社会学部卒業後、1985年鐘紡株式会社に入社。ホームプロダクツ販売株式会社に配属。営業、人事、新規事業担当などを経て、2007年クラシエホームプロダクツ株式会社社長執行役員に就任。
2009年、クラシエホールディングス株式会社常務執行役員、2015年に専務
執行役員に。2018年1月から現職。