会いたい人に 会いに行きました
「それ、早く言ってよ~」
俳優の松重豊さんがボヤくユニークなCM。
仕掛けたのは、クラウド名刺管理サービスを世に広めたSansan株式会社。2019年に上場し、海外にも進出するなど、急成長しているベンチャー企業です。
2020年には、オンラインで請求書が受領・管理できるクラウドサービスを発表。スピード感をもって変化に適応することで、コロナ禍でも業績を伸ばしています。このSansanの創業社長が寺田親弘さんです。
寺田さんはSansanの経営と並行して、2018年から「神山まるごと高専」(仮称)という全寮制の学校をつくろうと奮闘しています。寺田さんはなぜ、企業経営に加えて、徳島県の田舎にゼロから高等専門学校をつくろうと思ったのでしょうか。
「起業は普通のこと」と語る寺田さんとの対談は、新しいことを始めたいクラシエにとって勇気づけられる内容となりました。
美しいと感じたから。それが始めた理由。
上場企業を経営しながら学校をつくるという「クレイジー」なチャレンジをしている寺田さん。クレイジーという言葉はお好きですか?
寺田:好きですよ。僕は毎年、Sansanとしての1年のテーマを年初の挨拶で発表していて、2016年の英語版のテーマは「Go Crazy」にしました。
岩倉:なんと、そうだったんですね。
寺田:“Crazy”って日本語の「狂っている」という言葉とは違うニュアンスを持っていますよね。「熱狂する」や「夢中になる」といった意味もあります。
岩倉:そうなんです。「クレイジー」は賞賛の意味があり、人が感動した時に発する言葉だと思っています。「CRAZY KRACIE」をビジョンに掲げたのは、ありふれた言葉ではなく、一見「何を言い出したんだ」と思われるくらいインパクトがあるものにしたかったから。そうしないと会社を変えることはできない、と思ったんです。
寺田:発表時には腹落ちしなかった人もいたかもしれませんが、言語化して、この対談なども含めて発信し続けることで、だんだん社内外に浸透していくんでしょうね。Sansanもミッションやビジョンをとても大事にしているので、こうした活動には共感します。
Sansanには「出会いからイノベーションを生み出す」というミッション、「ビジネスインフラになる」というビジョン、そしてそれを達成するためのバリューズという項目が8つあります。これらは今、バージョン6.1。創業から、大きく6回変えています。
岩倉:6回も! それは寺田さんが考えて変えるのでしょうか。
寺田:僕だけでなく、ほぼ全社員が関わってみんなで考えていきます。今回のバージョンは1年半くらい議論しました。現場で話して、各部署で話して、幹部で話して……と、フェーズが4、5くらいまである。役員打ち合わせだけで、20回くらいやるんです。
岩倉:それだけのステップを踏み、全員で話し合ってブラッシュアップすると、ビジョンやミッションが自分ごとになるでしょうね。
寺田:もともと僕は、ミッションは必要だけどビジョンは必要ではない、というスタンスだったんですよ。
岩倉:それはなぜでしょうか。社員と共有するのはミッションだけで良い、ということですか?
寺田:会社の存在意義は、突き詰めるとミッションにあると思っていたからです。目的に対して立ち上げたプロジェクトを会社と呼ぶのであれば、ミッションを目的として持っていれば充分だろうと。
一方で、それは極端で、青臭い物言いだというのもわかっていました。Sansanの社員数は800人を超え、プロジェクトチームというには大きすぎる規模になってきた。組織全体としてどうありたいかを掲げていかないと、ミッションの手触りが消えかねないと思ったんです。そこで、遅ればせながらビジョンを立てようと、去年は散々議論をしたわけです。
岩倉:手触りがなくならないようにする、というのは大事な視点ですね。
寺田:社員の目線に立った時、ビジョンがないとミッションが遠く感じるのではないかと思ったんです。「出会いからイノベーションを生み出す」という会社としての目的を聞いても、「それはそうだけど、で?」と他人事に感じることもあるだろうなと。
すべての施策はミッションに基づいている、とも言えます。Sansanには、スキルアップやコミュニケーションを促進するための社内制度がいくつもあります。それらもただの福利厚生ではなく、ミッションのために存在している。ミッション達成のために現状足りていないものは何か、それを満たすためにどういうアクションが必要か、という観点から設計しているんです。また、月に二度ある朝会では、僕がミッションやビジョンについて全社員に直接話しています。
Sansanでは仕事納めの日に充実した「YEARBOOK」が配布されます。その年の出来事やターニングポイントなどが記されており、社員だけでなく家族や採用候補者にSansanを知ってもらう目的もあります。
【神山まるごと高専(仮称)】 「地方創生の聖地」とも呼ばれる徳島県・神山町はITベンチャーのサテライトオフィスを積極的に誘致しており、その第一号がSansanでした。神山という町全体を実践の場として捉え、5年間みっちりモノづくりとコトの起こし方について学ぶ学校が「神山まるごと高専(仮称)」です。高専としては20年ぶりの新設校で、小規模ながら未来の学びのスタンダードをつくることを目指しています。寺田さんはこの学校の理事長を務めます。
そのミッションに、手触りはあるか。
寺田さんはSansanの経営という大きな責務を全うしながら、なぜ並行して「神山まるごと高専」(仮称)をつくろうと思われたのでしょうか。
寺田:Sansanの経営で忙しいとはいえ、他に何もできないというほどではないんですよ。そしてだんだん、社会的な課題に対してもっとダイレクトに貢献したい、と思うようになりました。そこで、何をやるか考えた時、直感的に「人材育成、学校づくりだ」だと。論理的な理由はないのですが、言うなれば「美意識」なのかもしれません。Sansanの経営者としてやってきたこと、僕が美しいと感じることの延長線上に、「未来の人材を育成する学校をつくること」があったんですね。
岩倉:社内ではどういう反応がありましたか?
寺田:普段から僕は、物事をシャープに進め、あれもこれもと手広くやるのは好まないと言っているので、どう思われるだろうと少し心配したのですが、みんな好意的な反応でした。神山町のことはサテライトオフィスがあるので社員も知ってますし、教育については無条件に良い取り組みだと受け取ってくれたようです。今では「自分たちにもやることはないですか」と声をかけてくれます。
岩倉:どうして私立の高専をつくろうと思われたのでしょうか。私立学校はたくさんありますが、高専はめずらしいですよね。
寺田:独立系の私立高専って、これまで日本になかったんだそうです。僕はそれを知らずに始めたので、周りの人には「普通、私立の高専がつくれるとは思わないですよね」と言われました(笑)。
岩倉:そこもクレイジーだったんですね(笑)。むしろ、知らなかったのが良かったのかもしれません。事前知識があると、「これはできないだろう」という壁をつくってしまいがちですから。
寺田:高専では15歳から5年間専門的な教育を受け、確実に就職できるし、もっと学びたければ大学に編入もできる。文科省の認可を受けていながら、自由度の高い、クリエイティブな教育ができる学校だと知って、ぜひ高専をつくりたいと思ったんです。
岩倉:クラシエにも高専出身のメンバーはたくさんいます。優秀な人が多いという印象です。
寺田:神山まるごと高専は、テクノロジーとデザイン、そして起業家精神を学ぶカリキュラムを用意する予定です。テクノロジーとデザインは、現在におけるものづくりの基礎言語です。そこをしっかり教えたい。
起業家って、全然ふつうの人。
岩倉:「起業家精神」もカリキュラムに入ってくるんですね。
寺田:これまでの高専は、ものづくり人材を輩出するのに最適化されていました。でも、これからの時代は、つくれる人はコトを起こさないといけないし、コトを起こす人はつくれなければいけない。なので、ものづくりをアップデートした形で教えながらも、コトを起こすための考え方、方法も教えていきたいと思いました。それは結局、起業家精神を伝えていくことだと思ったんです。
岩倉:寺田さん自身は、なぜ起業されたのでしょうか。
寺田:親が起業家だったんです。だから、僕にとって起業は身近で、当たり前のことだった。小学生の時には、起業しようと決めていました。進路選択って、環境に負うところが大きいと思うんです。学校に起業家や経営者をたくさん招いて、直接話す機会を増やすだけでも、起業という選択肢が当たり前になるのではないかと思います。
岩倉:卒業生がネットワークをつくって在校生と交流を続けたら、さらに起業が身近になりますね。
寺田:起業家は特別な人に思われることもありますが、全然普通の人なんですよね。スティーブ・ジョブズだって、ちょっと嫌なやつだったかもしれませんが、おそらく普通の人ですよ(笑)。
岩倉:起業が普通なら、社内で事業を立ち上げたりするのは、さらに普通のことですよね。
寺田:そうですね。新規事業がポンポン立ち上がっていたら、当たり前に感じられると思います。神山まるごと高専(仮称)は、僕の二度目の起業とも言えますが、難易度が一桁違うくらい高いと感じます。ベンチャーを立ち上げることの10倍くらい難しい。だからこそ、Sansanとはまた違うやりがいを感じます。
我々は何者か、常に問う。
クラシエは2007年に社名変更してから「普通の会社になる」ことを目指してきました。でも、普通のままではいけないということで、2017年から「CRAZY KRACIE」をビジョンとしています。
岩倉:もともと自信を失ったところから始まって、ここ数年で少しずつ自信が回復してきたと感じています。このコロナ禍では、「クラシエファン」がいることを改めて実感し、お客様から直接お褒めのお手紙をいただくこともありました。この「自信を持つ」ということについて、寺田さんはどうお考えでしょうか。
寺田:自信がまずあるとしたら、その先にあるのは「驕り」ではなく「誇り」であってほしい。僕も誇らしくありたいし、社員みんなが自分や自社を誇れる状態をつくりたいです。
岩倉:ああ、いいですね。自分の会社を誇れると、力が湧いてきますよね。
寺田:誇りを持つために、ミッションやビジョンを浸透させ、我々は何者であるかということを、常に自ら問うている気がします。ビジョンの「ビジネスインフラ」という言葉にも、誇りを持ってほしいというメッセージを込めているんです。自分のやっていることがインフラとして、人々の生活を支えていると思ったら誇らしいですよね。
岩倉:高専でも、誇りを育むような教育をしていくのでしょうか。
寺田:僕は慶應大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)出身で、SFCの設立時のコンセプトは「未来からの留学生」だったんです。この言葉はずっと覚えていて、同級生もみんな印象に残ってると言います。言われ続けると、自分は未来からの留学生であり、そのようにあらねばならないという責任感がうっすら芽生えた気がするんです。だから、コンセプトを掲げて言い続けるのは大事だなと。
神山まるごと高専(仮称)のコンセプトは「テクノロジー×デザインで、人間の未来を変える学校」です。それを言われ続けたら、生徒は「自分は人間の未来を変える存在なのだ」と思えるようになるでしょう。もし自信を失っている人なら、自信を取り戻すきっかけになるかもしれないし、それが誇りに変わり、最終的には使命感まで持てるかもしれませんね。
この高専は1学年40人の、とても小さな学校です。でも、こうした新しい教育の事例をつくることで、社会に対して大きな影響を与えられるのではないかと思います。僕はこの高専で、日本の田舎町に未来のシリコンバレーをつくることを目指しています。
岩倉:私自身がこの高専で学びたい、と思うくらい魅力的ですね。商品開発など、一緒にできることもあるかもしれません。ぜひ、開校した暁には神山町にうかがいたいです。
寺田 親弘
Sansan株式会社 代表取締役社長
1976年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、1999年三井物産株式会社に入社。情報産業部門に配属された後、米国・シリコンバレーでベンチャー企業の日本向けビジネス展開支援に従事。帰国後、社内ベンチャーの立ち上げ等を経て、2007年にSansan株式会社を創業。2023年の開校を目指し、「神山まるごと高専」(仮称・設置構想中)の設立プロジェクトを進めている。
岩倉 昌弘
クラシエホールディングス株式会社
代表取締役社長執行役員
1961年兵庫県生まれ。関西大学社会学部卒業後、1985年鐘紡株式会社に入社。ホームプロダクツ販売株式会社に配属。営業、人事、新規事業担当などを経て、2007年クラシエホームプロダクツ株式会社社長執行役員に就任。2009年、クラシエホールディングス株式会社常務執行役員、2015年に専務執行役員に。2018年1月から現職。