「画家になったきっかけは、人助けだった」。大宮エリーさんが無我夢中で絵を描く理由とは?
世の中にもっと夢中を増やすために生まれた「くらしの夢中観測所」。
今回は、作家や画家、脚本家、映画監督、演出家、CMプランナーなど、さまざまな分野で活躍する大宮エリーさんにインタビュー。
2020年にはクリエイティブマッスルを鍛えるオンラインの学校「エリー学園」を開校されるなど、精力的に活動するエリーさんの考える夢中とは?著書の愛読者であり、以前から活動に注目していた、くらしの夢中観測員 大沼日登実が聞きました。
「たくさんの肩書があるけど、どれも違う」。やっていることは一つ、「表現の仕事」
大沼:夢中についてインタビューすることになったときに一番に思い浮かんだのがエリーさんでした。お仕事についても含めてエリーさんの夢中についていろいろお伺いできればと思いますが、今、夢中になっているのはどんなことですか?
エリーさん:私は、くらしの夢中はたくさんあるんですけど、仕事にはそんなに夢中になっていない感じなんですよね。だから仕事の夢中について聞かれるとちょっと困っちゃう。
仕事は楽しんではいますよ。遊びじゃないから一生懸命やろうとは思いますし、仕事って予想していない出会いがあったり、なるほどなって思ったり、気付きや発見があるじゃないですか。そういう意味では面白いと思っています。
私的には仕事に対して距離があるからいいのかもしれないです。夢中になりすぎて「私、こうじゃないと嫌です」とかないから。何か言われても「ああ、じゃそっちでもいいですよ」って感じなんです。それで困る人が出てきてしまう場合には「それはちょっと」って言いますけど。
大沼:エリーさんはもともと企業にお勤めでしたよね。会社を退職された理由を教えていただけますか?
エリーさん:事務作業がとにかく苦手で。例えば、出張へ行くときに申請書を出し忘れてしまうんです。会社から指示されて出張に行くのに、どうして申請を出す必要があるのかと思ってたんですけど、出さないと総務の方に迷惑をかけることになります。上司にも「何度も判子を押してるこの時間をどうしてくれるんだ」と言われて、本当にその通りだなと、辞めることにしました。ホワイトボードに行先を書くのも嫌でしたし、管理されることに不適合だったんです。
大沼:事務作業が苦手という部分は私も思い当たる節があり……、共感いたします(笑)。企業に勤めていた時とフリーになってからでどんな変化がありましたか?
エリーさん:会社辞めて一人になったら孤独ですよ。会社はチームだから営業やマーケターがいて、データを出してくれたりするじゃないですか。それがないのは大変でしたが、バイク便を出すのもコピーするのにもお金がかかるとか、社会との接点がダイレクトにあるところはむしろ面白かったです。不便が面白い感じでした。
大沼:幅広い活動をされていますが、退職後にコピーライターの他にも脚本家、小説家と広がっていったのでしょうか?
エリーさん:脚本は会社員時代からボランティアで書いていました。独立したかったわけではなく、突然辞めたので、仕事を頂けるだけありがたかった。頼んでくれた方の期待に応えるために頂いた仕事を断らずにやっていたら、それが肩書になっただけなんです。あと「これこれの仕事しかできない、それしかやれない」という感じが嫌で。頼む方はできると思って信頼して頼んでくださってると思うので、やらないと失礼かなという気持ちもありました。
「たくさんの肩書があってマルチに活躍されている」とよく紹介されるのですが、自分ではどの肩書も違うと思っていて。でも画家はもう10年やりましたし、作家もたくさん本を出版したので、この二つは肩書にしてもいいと思っています。
どの仕事でもやっていることは一つで「表現の仕事」です。チャンネルが違うだけで、それが15秒であればCMになり、ライブだったら舞台になり、フィルムであれば映画だし。やっていることは同じです。
大沼:仕事をする上でのこだわりはありますか?
エリーさん:あまり自分の表現については「こうでなくちゃいけない」というこだわりはなくて。「エリーさんがやっていることって、私にもできそう」とか言われるんですけど、それでいいかなって。「こういう人がいたら楽そう」と思ってもらえるといいですね。
あ、でもひとつだけあります。人の気持ちが嫌な気持ちになったり、どんよりと暗くなったりするものは嫌なんです。芸術といえども「これ見た後にどう解釈すればいいの?」というような。ハッピーエンドで明日会社や学校に行くのが楽しくなるようなものをつくりたい、というこだわりはありますね。
カレーのスパイスやお茶は自分で調合。「くらしを楽しくすること」に夢中
大沼:私はエリーさんの著書を拝読して「毎日楽しく生きてもいいんだ」ということを学びました。先ほどもくらしの夢中はたくさんあるとのことでしたが、くらしを楽しくするために夢中になっているのはどんなことですか?
エリーさん:まずは料理が大好きです。土鍋でご飯を炊いたり、鉄のフライパンを使ったりと道具にもこだわっています。大宮エリーが6人いると言われるくらいすごく忙しいときに「どうして倒れないんですか?」と聞かれたことがあるのですが、それは食がちゃんとしているからじゃないかと。わりと自炊しているんです。
お酒が好きで、春菊の白和えとかがすごく好きなんですけど、お店だと少ししか出てこないし、おかわりって言いづらいですよね。だから家でどんぶりいっぱいに作ったりします。こごみの天ぷらも、お店だと盛り合わせで出てくるじゃないですか。こごみだけでいいのにね。自分で作ると調節できるのがいいです。例えばカレーでも、疲れているときには、ターメリックを多めにしたり、クミンやガラムマサラの量も調整したりして作っています。
お茶も自分で調合して飲むのが好きです。今日もヨモギ茶とグアバ茶とクロモジ茶を調合して飲んできました。もともと東大薬学部の薬用植物園学科出身なので、漢方系のものが好きなんです。
大沼:自分で調合できるのはすごいですね。
エリーさん:適当ですけどね。お茶は疲れているときに始めたのですが、柿の葉茶やビワ茶を飲んでいるとすぐに元気になります。食は自分との対話になるんですよね。自分の体に入るものを自分で作って食べることは、喜びでもあると思います。
でも、すごく短時間でがさつですけどね。「タモリ倶楽部」みたいな料理しかしませんし。
鰻ないけどちくわでいいか、みたいな。土鍋でご飯を炊くときも、火を点けて放っておいて焦げ臭くなったら止めます。本当は火の元を離れたらいけないんですけど、でも離れちゃう。夢中で原稿をわーって書いてると火の存在を忘れちゃうんです。あれ!?仕事には夢中になってないって言ったけど夢中かも、夢中で書いてますね!
エリーさん:あとは、お風呂にもこだわっています。温泉が好きなのですが、なかなか行けないので、いろんな温泉の入浴剤を使ったり、「姫川薬石」という遠赤外線が出る石を湯船に入れたりしています。
お風呂上りにバスローブを着るんですよ。家なのに。自分で笑っちゃうんですけど。それでホテルでもらってきたお持ち帰り自由のふかふかスリッパをはいたりしていると「あれ?旅館に来ているのかな?」という気分になるんです。そうやってお風呂タイムを自分なりに楽しくしています。毎日最高の眠りにしたいので、寝具にもこだわっています。
それから、朝起きて、朝日を見るのも好きです。脳内モルヒネが出るのですごくいいんです。誰でも平等に浴びることができますし、朝日を浴びることはおすすめです。
考えてみるとくらしを楽しくすることに夢中ですね。しかも時短で。自営業って意外と忙しいんですよね。だからできる範囲で毎日やることを楽しくしています。
突然、ライブペインティングをすることに。それから10年間、アートに無我夢中で取り組んできた
大沼:画家の仕事についてもお聞きしたいのですが、絵を描き始めるきっかけは何だったのでしょうか?
エリーさん:10年ぐらい前に、ベネッセホールディングスの会長を務められていた福武總一郎さんの受賞パーティーに参加したときに、ライブペインティングする予定だった方が来られなくなってしまったんです。そこで「すごく困っているのでエリーさんちょっと描いてくれませんか?」と言われて……。
大沼:えーーーー!(笑)
エリーさん:「私、絵は描いたことないんですけど!」と言ったのですが「他に頼める人がいない」とおっしゃるので、引き受けることになったんです。
それで急遽、東急ハンズに道具を買いに走って。モーツアルトの曲に合わせてやってほしいと言われたので、音符を描いたり、OHP(スクリーンに文字を投影する機材)を使って他のゲストの方にも描いてもらったり、インタラクティブに。会場は盛り上がりましたけどね。福武会長が舞台に上がって、怒られるのかと思ったら「素晴らしい!」と、そのとき描いた絵を気に入ってくださり、買いたいとおっしゃったんですよ。「いや、あげます」って感じで。それが画家になったきっかけです。
大沼:最初は人助けだったんですね。
エリーさん:そうですね。困ってるっておっしゃってたので。アートに目覚めたわけではなく、ハプニングだったんです。それからそのパーティーに参加していた他の方からも個展をやってほしいと頼まれて、押しに弱いのでやることになりました。美大に通ったこともないのに、個展をやるってめちゃくちゃですよね。そこで個展のための絵を描いているときに波が来て、夢中で現代美術に取り組むようになりました。あ、絵を描くことについては、仕事とは思っていないのですが、夢中になっていますね。
最初の個展には美術界の方は誰も来ませんでした。でも唯一お声がけしていた福武会長が来てくださり、絵を買ってくださったんです。会長に「僕が絵を買ったということは、画家としての責任ができたということだ」と言われて、「これはやばい!」と思って、そこからは無我夢中です。現代美術については、楽しいだけじゃない、苦しいこともある夢中という感じですね。
2016年に十和田市現代美術館で5カ月間個展を開催してそこでやっと画家としてやっていく覚悟が決まりました。その後、海外の個展でも絵が完売するようになり、そして2022年瀬戸内国際芸術祭の招待作家に選ばれ、総合プロデューサーを務める福武会長にやっと再会できたんです。「君とは腐れ縁だな」って言われましたけど。
大沼:夢中が楽しいだけじゃないという考え方はすごく共感できます。「無我夢中」も夢中の一つですよね。
「専門性はないけど柔軟性なら伝えられる」。「エリー学園」は、人と人をつなげて助け合える場にしていきたい
大沼:私から見ると、エリーさん自身が夢中になっているように見えますし、周りの人を夢中にさせるのも得意そうだなって思っていました。2020年からは「エリー学園」を始められましたが、その理由は何だったのでしょうか?
エリーさん:コロナ禍で先が見えない時代になって、仕事を変えないといけない人も出てきたじゃないですか。そういうときに、例えばAやBがだめでも、FやGまでも、どこまででも創造できるような力があれば慌てることがなくなるかなって。私の場合、専門性はないけど柔軟性はあったので、そういうクリエイティブの体幹を鍛えることならばシェアできると思ったんです。それから、オンラインで場所を借りなくてもできるようになったという理由もありましたね。クリエイターを養成する学校ではないので、主婦の方や何か探している途中の方、農家の方や、エンジニアの方など、たくさんの方がいらっしゃいます。看護師や介護士の方も多いです。
大沼:具体的にどんな授業をされているのでしょうか?
エリーさん:例えば脚本の授業では「喫茶店にスーツの男性が二人います。この二人の関係性を考えてください」というお題を出したりします。
最初は会社の先輩後輩や不動産関係という話が出てきますが、「スーツを着ているからといって会社員とは限らないんじゃないか」と私がコメントすると、そこで一つ固定観念が外れるわけです。すると手品師や結婚式の帰り、最終的には宇宙人じゃないか?と、そうやって鍛えていくとだんだん面白くなっていく。
あとは、くらしを楽しくする授業もやりたいと思って、お茶の授業もしました。永遠2時間お茶の話。「免疫力アップをしたいときには、バンランコンとリコリスとスイカズラ混ぜて飲むといいよ」とか、こっそり言ったりして。エビデンスがないからあんまり公に言えないんですよ。だからエンタメとして提供しているだけなのですが、楽しむっていいですよね。自分の体とコミュニケーションをとると、そこから生まれる気付きもあるかなと。
大沼:エリー学園が目指すのはどんなことなのでしょうか?
エリーさん:自分との対話を深めることで、自分の意見を言えるようになったり、人の意見もしっかり聞けるようになったりと、参加している方が変わっていくのがわかるんです。それをそれぞれの現場で生かしてもらえるといいと思っています。
エリーさん:もともと東日本大震災があった年に、国が私たちのことを助けてくれるわけではないと感じて、それであれば、みんなで教え合えるエデュケーションの場を作りたいと考えていたんです。農家の方やデザイナーの方、シングルマザーの方などいろいろな方がいるので、人と人をつなげて助け合えるようなやさしいコミュニティーにしていきたいですね。
大沼:エリーさんが思うやさしい場ってどういう場ですか?
エリーさん:人それぞれ能力や才能があるわけで、個性とかそういうものを認めてあったり、伸ばしあったりしていく場がやさしい場なんじゃないかな。いろんな試行錯誤ができたり、小さなチャンスが見つけられたり。みんなが一緒じゃないし、同じことができるわけではないから。でも才能を見つけることは私じゃなくてもお互いにできるんですよ。だからこそ場が必要で。他者を知ると自分がわかることもありますし、それをみんなにやってもらえばいいと思っています。
大沼:エリーさんは人とつながるのが上手なイメージがあります。どうやって仲良くなっているのでしょうか?
エリーさん:もしかすると「みんなに対して好意はあるけど、興味はない」ところが付き合いやすいのかもしれませんね。根掘り葉掘り聞かれるよりも自分に無関心の人のほうが安心できませんか?人は無理に何かしなくてもつながるときはつながるし、出会うときは出会うものだと思います。
仕事では、自分の希望よりも「相手にメリットがあるか?」という点を考えるようにはしていますね。相手の立場に立って考えることは信頼につながっているかもしれません。
「夢中の最中に結果を気にするのはかっこ悪い」。夢中の結果は、時間が経ってからわかるもの
大沼:エリーさんにとって「夢中」とはどういうものですか?
エリーさん:「振り返ってみてそうだったなと気づくもの」なんじゃないのかなって今思いました!夢中の最中ってよくわからない。結果的に人に喜んでもらえたり、役に立っていたとわかったりして、あ、私は、あのとき夢中だったんだ!夢中でやってきて良かったなぁと改めて思う、そんなのとか。
「エリー学園」も「本当にこの内容でいいのだろうか?一方的だったかな?」と考えつつ授業をしています。でも「転機は自分でつくれる」という授業をしたときに「私にとっては、エリー学園が転機の一つでした」というコメントを頂いたんです。その時はちょっとぞわっときて、「これ泣いちゃうやつじゃん」ってなりましたね。
「なんでやっているんだろう?」と思うときもありますが、きっと意味がある。終わって何年か経つと「コレとコレがつながっていた!」と、わかることがありますよね。結果は後からついてくるという感覚です。
大沼:次々といろんなことに挑戦されていますが、依頼されてもエリーさんのようにできない人が多いと思います。なぜエリーさんは引き受けることができるのでしょうか?
エリーさん:人は皆、生かされているという気持ちがあるので、ゆだねて身を任せるチャレンジをするようにしています。もちろん悩むこともありますが、正解なんてないと思っているので、結局どっちでもいいんです。最終的には失敗なんてない。どっちにころんでも同じ。固定観念にとらわれずに、自分の気持ちを大事にしたほうが自分本来の生き方、歩み方ができるんじゃないかと。
それに、おそらく頼む人のほうが怖いんじゃないですか?それなのに言ってくれている。だったら、私も怖いけど勇気を出してやってみようかと。その気持ちに応えたいという思いが原動力になっています。
【大宮エリーさんに教わった夢中になるためのヒント】
・料理、お風呂、睡眠など、毎日やることを楽しくしよう。
・毎日、朝日を浴びよう。
・やったことがないことでも、できないと決めつけずにやってみよう。
・専門性よりもどんなことにでも対応できる柔軟性を身に付けよう。
・エビデンスにこだわらずに、いいと思ったことはやってみよう。
・結果がどうなるかは気にせずに、夢中になろう。
・固定観念にとらわれずに、自分の気持ちを大事にしよう。