【クラシエの夢中人インタビュー】夢中人に学ぶ! 飛行機への憧れが教えてくれた、夢中の見つけ方と広げ方
世の中にもっと夢中を増やすために生まれた「くらしの夢中観測所」。世の中の夢中をひたすら探しています。
今回は、とあるクラシエ社員の夢中を探索します。クラシエフーズ㈱食品研究所にて、日々知育菓子の研究開発をされている赤たぬきさんです。赤たぬきさんの夢中は飛行機。かつて少年だった人たちなら、一度は憧れた経験があるのではないでしょうか。赤たぬきさんは大人になった今も、少年のように高い熱量で飛行機に夢中になっているそう。その熱量を保つ秘訣に迫ります。
飛行機を「あの子」と呼ぶ、赤たぬきさんの飛行機への愛
―赤たぬきさんの夢中について詳しく教えてください。
赤たぬき まず、飛行機のなかで僕の興味の対象は、旅客機をはじめとする民間機です。飛行機好きのなかには、戦闘機など自衛隊や軍隊の飛行機が好きという方もいますが、そちらにはあまり興味がありません。実際に乗れたりするなど、身近にあるということが自分にとって大切なのだと思います。
乗ることも好きだし、ただ眺めたり、写真を撮ったりするのも好き。あとは飛行機に関する情報を調べることも好きです。とにかく飛行機に関することなら、何でも幅広く触れていたいという感じですね。
―飛行機に夢中になったきっかけは何ですか?
赤たぬき 今でもよく覚えているのは小学1年生のとき、家族旅行で飛行機に乗った記憶です。そこで小さい飛行機のおもちゃを貰ったんです。それがすごく気に入って、家に帰ってから飛ばす真似をして遊んでいました。これが僕の、飛行機で遊んでいるいちばん古い記憶だと思います。
それから何年も経って、もっとのめり込むようになったのは大学を卒業する頃、写真を撮り始めたのがきっかけです。写真を撮るようになると、色んな機体を写真に収めたいというコレクター欲が出てくるんです。だけど飛行機は、撮ろうと思った機体が都合よく運行しているとは限らない。会いたい子に会えるとは限らない、その難しさにも惹きつけられました。
小さい頃の思い出が、今の夢中につながっている。とても素敵な話だと思います。真面目そうな赤たぬきさんの表情の奥に、無邪気な少年の姿を見たような気がしました。皆さんの夢中の、もっとも古い記憶は何でしょうか?
ところで赤たぬきさんが奇妙な言い回しをしたことに、皆さんお気づきでしょうか。私は気になって仕方がありません。とっさに聞いてしまいました。
―いま、飛行機のことを“あの子”と…
赤たぬき 僕、飛行機を擬人化しているんです。
爽やかな笑顔でそう言い放った赤たぬきさん。愛着あるペットや植物を、人と同じように扱うことはよくあるでしょう。どうやら赤たぬきさんにとっては、飛行機もその対象になっているようなのです。ここから赤たぬきさんの語りは勢い付いてきます。
―目当ての飛行機が今どこを飛んでいるのか、どうやってわかるんですか?
赤たぬき 「フライトレーダー24」というアプリ(サイト)を使っています。飛行機マニアはほぼ使っているんじゃないでしょうか。リアルタイムでどの航空会社の飛行機が、どこを飛んでいるのかが分かります。ふと空を見上げたとき目に入った飛行機が、どこから来てどこへ行く飛行機か…そんなことを知れたりもします。
サイトを開いてみると、地図の一面を飛行機のマークが覆いつくしていました。今この瞬間にこんなにも飛行機が飛んでいるとは驚きです。
―すごい光景ですね…シンガポールからニューヨークまで飛んでいる飛行機がいます。
赤たぬき それは世界最長路線ですよ。エアバスのA350という機体で運航されています。コロナの影響で休止していたのですが、最近復活しました。ちなみに、その際ニューヨークの別の空港発着となったため、世界最長の距離がさらに数マイル伸びたんです。
―たくさん空港があるなかで、好きな空港はどこですか?
赤たぬき 飛行機好きの聖地と呼ばれるところがいくつかあって、その一つが伊丹空港の千里川土手です。滑走路の端のすぐそばに小さな川が流れているのですが、その土手のすぐ真上を、着陸寸前の飛行機が通過していく…その迫力がすごい。千里川土手は夜景もすごく綺麗ですね。他には宮古島の下地島空港が有名です。夏の青い空、青い海を背景に飛行機がダイナミックに着陸していく瞬間を、いつか撮ってみたいですね。こういう話になるかと思って今日は本を持って来たんです。
そう言って『全国空港ウォッチングガイド』(イカロス出版)という本を取り出した赤たぬきさん。
赤たぬき 全国の空港の撮影スポットが紹介されています。やっぱりその空港でなければ撮れない景色があるので、飛行機を撮影する人の多くが持っている本です。この本を眺めてこの空港に行ったらこんな写真を撮りたいな、なんてよく考えています。もちろん撮るだけじゃなく、乗ってみたい飛行機もあって、ひとつが伊丹から那覇に飛ぶエアバスのA350。これはさきほど話に出た最長路線と同じ機種でして…。
愛する機体について語ってくれた赤たぬきさんですが、話し始めると止まりません。「このあたりで切り上げましょう。脱線してすみません」と恐縮しながらも、終始楽しそうに話してくれました。
那覇から到着のA350。最新鋭の機体はいつも憧れ。
夢中を育む2つのポイント「芋づる式に好きを増やす」「好きを研究する」
我々は「くらしの夢中観測所」。赤たぬきさんの夢中がくらしにどんな影響をもたらしているのか。それを聞かずに取材を終えることはできません。
―赤たぬきさんの夢中はくらしにどう活きていますか?
赤たぬき ひとつは単純に、好きなものを眺める時間はやはり気分転換になります。猫好きの人が猫の写真を見て癒されるのと同じで、僕はよく飛行機の写真をインスタグラムで見て癒されています。別の角度からだと、普段から飛行機の情報を集めているので、航空会社のセールや、最新機体の導入状況などがわかります。旅行をお得に、快適にできる。そういう実用面のメリットもあります。あとは、飛行機をただの移動手段と捉えている人にとって、乗っている時間は短いに越したことはないし、極論無くていいものですよね。だけど僕にとってはその時間が楽しい。何なら予約する段階から、どの時間の、どの機種に乗るかを考えるとわくわくが止まりません。
夢中の活かし方は様々であることが分かります。夢中の存在そのものが気分転換になる。深く知ることで実生活の役に立つ。ただの移動が楽しい時間に変わったように、物事の捉え方が大きく変わる。これらは飛行機以外の夢中にも、きっとあてはまるはずです。
夢中について、私もまだまだ勉強中の身。くらしと夢中の関係について、ずっと疑問に思っていたことがありました。私は取材をする前から、夢中の先生である赤たぬきさんにその疑問をぶつけてみようと思っていました。
―夢中を持っていたとしても、「〇〇があるからくらしが楽しい」と捉える人もいれば、「○○しか楽しみがない」と捉える人もいますよね。夢中をくらしに活かすというのは、前者の捉え方ができるようになる、ということだと思うのですが、そうなるためにはどうすればいいと思いますか?
赤たぬきさんはしばらく考えてから、こう答えてくれました。
赤たぬき 楽しみが1つだけじゃない、ということが大切なんじゃないでしょうか。僕は飛行機が大好きですが、他にも好きなことがあります。飛行機にフォーカスしても、もし乗ることだけが好きだったら、最近はコロナの影響であまり乗れなくなってしまったから、楽しみを失ってしまう。だけど僕は見ること、知ることも好きなので他の楽しみ方ができる。
―ですが、1つの夢中を見つけるだけで終わってしまう人も多いと思います。そうならないためにはどうすればよいのでしょう?
赤たぬき そうですね…
赤たぬきさんはまた沈黙しました。真摯に答えを探そうとしているのが伝わってきます。そうしてゆっくりと、ひとつひとつの言葉を確かめるように答えてくれました。
赤たぬき ふと思い浮かんだ表現ですが、芋づる式に好きになっていくことが重要なんじゃないかと思います。僕の場合、最初はただ漠然と飛行機が好きだった。そこから写真を撮りたいと思うようになった。離陸の瞬間を撮りたい。夏の空港を撮りたい。滑走路にタイヤが接地した瞬間の、スモークが舞うところを撮りたい…こうやって写真にのめり込んでいくうちに、いつか飛行機とは関係なく「こんな景色を撮りたい」と思うようになる。そんなふうに趣味はつながっていくのではないでしょうか。
飛行機を入口にして、カメラに触れてみる。最初の被写体は飛行機だけでも、カメラの楽しさを知れば別の何かにレンズを向けたくなる。「飛行機に夢中」が、いつしか「飛行機と、写真に夢中」になっている。赤たぬきさんはこの過程を「芋づる式」と表現しました。
夜の千里川土手。空港と街の夜景、飛行機の灯火が一体となって美しい。
―赤たぬきさんは夢中を増やしていくのがとても上手な方だという印象を受けます。だけど世の中には夢中がまったく見つからない人もいると思います。そんな人はどうすればよいですか?
1つの夢中を広げることと、0を1にすることとは、大きく違うと思います。私はその点についても赤たぬきさんに聞いてみました。こんな漠然とした質問にも、赤たぬきさんは丁寧に答えてくれました。
赤たぬき 例えば外を歩くというなんでもない行為を考えても、夢中を見つけることができると思います。同じ道を歩くのではなく、色んな経路を通ってみると、新しいお店に出合うのが楽しくなったりする、なんてことはあると思います。
自分の経験だと、『やけに植物に詳しい僕の街のスキマ植物図鑑』(著者:瀬尾一樹 大和書房)という、雑草について書かれている本との出合いがあります。普段歩くときに雑草なんて気にしていなかったけど、この本を読んでから街に出てみると、「この植物はこんな場所に生えるんだ」とか、「本当に本に書いてあるとおりに咲くんだ」というような楽しみ方ができるようになりました。そんなふうに植物が好きになると、また芋づる式に、気に入った花を自分で育ててみようとか、写真を撮ろうとか、枝分かれして夢中が増えていきます。
外を歩くこと。植物の本を読むこと。それ自体は難しいことではありません。だけどそれで終わってしまえば、なかなか夢中にはつながらない。
新しい道を試してみる。本に出てくる雑草を実際に探してみる。共通しているのは探求する姿勢です。ただの「好き」を「夢中」にするためのヒントはここにあるのかもしれません。私はふと、赤たぬきさんが研究職であることを思い出しました。振り返れば、私の質問に答えようと真剣に考えている姿は、まさに研究者のそれだったように思います。研究する姿勢で物事に向き合う…それこそ夢中を見つけるコツではないでしょうか。
赤たぬきさんは言います。
赤たぬき 明日飛行機を撮りに行こうと思ったら、まずは明日の天気と風向きを調べます。これは鉄則です。そのあと、撮りたい写真をイメージしながら、どのスポットに行くか、どのレンズを持っていくか、三脚はどうするか、などを決めます。さて空港に行ってみると、青空を背景に取りたかったのに、思ったほど晴れていない。白い機体に、曇り空の白い背景はあまり映えませんよね。そうなると場所を変えて、地上の飛行機を撮るとか、撮る方向を変えてみるなどの工夫が必要になります。そうこうしていると夕方になり、陽が沈んできた。順光で夕日に照らされる機体を撮るのももちろん綺麗ですが、逆光だと夕焼けを背景に機体の黒いシルエットが浮かぶ、そんな写真が撮れる。こんなふうに、いろんな選択肢を吟味している過程はたしかに研究チックかもしれませんね。
美しく焼けた夕空に、飛行機のシルエットが浮かぶ。
最後に、赤たぬきさんの夢について聞いてみました。
赤たぬき これからも色んな空港に写真を撮りに行きたいです。最近特にやってみたいのが、その季節の、その空港でしか撮れない写真を撮ることです。春の桜が満開の成田空港や、冬の雪景色の富山空港…あとは長距離国際線のファーストクラスに乗ってみたいです。100万円以上するので、一生叶わない夢かもしれませんが。飛行機以外に夢があるのかと言われれば…ちょっとわからないですけどね。
赤たぬきさんはそう言って笑いました。だけど私は、たとえ飛行機がこの世からなくなったとしても、赤たぬきさんは新しい夢中を見つけられるような気がします。大切なのは、物事にどれだけ夢中になっているかではなく、夢中を見つけ出す能力だということを、私はこの取材を通して学んだように思います。
いざ、千里川土手へ
10月某日、私は赤たぬきさんと電車に乗っていました。
取材を終えてさっそく記事に取り掛かった私でしたが、文章を書いているうちに、実際にこの目で飛行機を見てみたくなりました。飛行機が見たいという私の依頼を赤たぬきさんは快諾。取材でも話にあがった千里川土手を案内していただけることになりました。
阪急曽根駅で下車。空港まで20分程度歩きます。道中も空港や飛行機に関する豆知識を聞かせてくれた赤たぬきさん。天気は快晴、白の機体が映える青空が広がっていました。
午前10時頃、到着するとすでに人影がちらほら。千里川土手はどこにでもありそうな、舗装されていない小さな土手でした。柵のすぐ向こうには伊丹空港の広大な敷地が広がっていて、土手と垂直方向に滑走路が走っています。見渡す限り高さがあるものは何一つありません。土手からは飛行機が離陸する様子も観察できます。
一つの機体が離陸の準備をしていました。ゆったりと転回しながら、離陸の体勢を整える飛行機。久々に近くで目にすると、その大きさを改めて感じます。こちら側に背を向け、いよいよ離陸の瞬間。みるみる滑走路を遠ざかっていく機体から発せられるジェットエンジンの音はすさまじく、飛行機から聞こえるというよりも、周辺の空間全体が鳴っているよう。重い金属の固まりがふわりと浮かぶ瞬間、少し左右にぶれる様子まではっきりと見えます。
エンジン音を轟かせ、機体は空高く飛んでいく。
周囲が騒がしくなってきました。まもなく着陸があるようです。空港と反対側の空に目をこらすと、はるか遠くに小さな白い点が見えました。それが少しずつ、良く知った飛行機の形に変化していきます。丸みのある胴体、そこから突き出た堂々たる主翼。ぐんぐんこちらへ近づいてきます。辺りの草木が激しく揺れ始めました。身体に力が籠りました。あまりの迫力に、本能が身構えていたのです。
ついに真上に来た飛行機。私はのけ反るようにして見上げました。
そこに晴れた青空はなく、視界は飛行機の腹部に覆われていました。精密なパーツのひとつひとつ、金属板の継ぎ目まではっきりと見えました。そのつるつるとした質感まで、手に取るように分かりました。誰もが懸命に、目で、あるいはカメラのレンズで、その姿を追っているのが、視界の端に見えました。
一瞬でした。飛行機は通り過ぎ、遅れて周囲に突風が吹いて砂煙が舞いました。その風圧が、過ぎ去ったものの大きさを物語っていました。
誰もが飛行機を見上げていたあの瞬間、千里川土手は夢中に包まれていたように思います。土手には様々な人がいました。小さな子どもとその親、大きなカメラを肩に下げた青年、若いカップル、おじいさん、おばあさん。誰もがあの瞬間、飛行機の迫力に夢中になっていました。
心を奪われる、という表現があります。普段、人それぞれ心に抱えているものは違っても、あの瞬間、土手にいた人々の心には飛行機しかなかった。間近で見る飛行機には、否が応でもそうさせてしまう、強い力があった。この力こそが夢中である。そう定義できる気もします。夢中とは何だろう。「くらしの夢中観測所」はこれからも様々な角度で考えていきます。とりあえず私は、夢中と言われたら真っ先に、この日のことを振り返るだろうと思います。
飛行機を撮影する赤たぬきさん
ライター:レーズンぱん