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自分の“夢中”を深掘りする。『孤独のグルメ』から学んだ食への向き合い方。

冷たい秋雨が降る、とある日の午後。
東京・大手町で用事を済ませた私は、かねてより温めていたある企画を実行しました。
その名も、「『孤独のグルメ』ごっこ」。
今回は、この企画を通して自分の“夢中”と向き合います。

みなさんは、『孤独のグルメ』という漫画原作のドラマをご存知でしょうか。俳優の松重豊さん演じる個人輸入雑貨商・井之頭五郎が、商用で訪れた町で一人気ままに食事をする様子を描いた“グルメドキュメンタリードラマ”です。

原作:『孤独のグルメ』(久住昌之 著、 谷口ジロー 作画、扶桑社文庫)

帰りが遅くなり、一人で夕食を食べるとき。
ワイワイとしたバラエティー番組の気分じゃないとき。
そういうときに、私が必ず見る番組が『孤独のグルメ』です。
今日はどの回を見よう。自分の今の気分にぴったり合う過去回を画面に張り付いて探しているとき、自分は『孤独のグルメ』に“夢中”なのだなと感じます。

しかし、ここである疑問が生まれました。

「中年の男性がただ店を探し、食事をするドラマになぜ自分はこんなにも “夢中”なのだろう」

イケメンが出ているわけでもなく、毎回自分の好物が出てくるわけでもありません。それでも飽きずに見続けている理由を探るために、まずは自分が井之頭五郎になってみよう!ということで、「『孤独のグルメ』ごっこ」を実行することにしました。

『孤独のグルメ』ごっこをやってみた

決行当日。午後半休をとって会社を出ると、外はあいにくの雨。歩き回るには最悪の天気でしたが、これから始まる小さな冒険に、ワクワクは募るばかりでした。
店選びを始める前に、私は井之頭五郎になりきるための4つのルールを自分に課しました。

その一、下調べをしない
その二、商業ビルやチェーン店に入らない
その三、ながら食べをしない
その四、自分の感想を持つ

このルールを胸に、『孤独のグルメ』ごっこをスタートしました。

まずは大手町のビル群から離れようと歩き続けた結果、日本橋の大通りを一本入ったところに、肉料理屋を発見。洋風なビルの2階にあるその店は、ひっそりとした佇まいながらも、灰色のビルが立ち並ぶ中では異色に見えました。その様子に “五郎感”を見い出した私は、意気揚々とその店のドアを開けました。しかし…ラストオーダー時間を過ぎてしまい、入店できず。さらに、入店前、ランチの値段が気になり思わずスマホで調べてしまったため、「下調べをしない」のルールを破ってしまったのでした。

落胆の中、ふらふらと彷徨って行きついた先は三越前駅でした。コレド室町の誘惑に耐えつつ、近くの路地裏で小さな定食屋を発見。長年の歴史を感じる看板や壁にまたもや“五郎感”を感じた私は、空腹と勢いに任せて扉を開けました。

目に飛び込んできたのは、店主らしきご年配の女性とカウンターだけの昭和レトロな店内。客は私一人。初回からハードルの高いお店に入ってしまったと焦りました。そして、「○○定食でいい?」と聞かれ、とっさにうなずいた私は、再び焦ることになります。カウンター内で用意されていくおかずが、苦手な食材ばかりだったのです。

そもそも好き嫌いの多い私が五郎の真似事などするからいけないんだ、などと企画の根幹を揺るがすような大反省をしつつ、出てきた定食を何とか完食。食事中、店主と向かい合う構図がどうにも気まずく、五郎のような「モノローグでの感想」も実践できぬまま店のテレビをちらちらと見てしまったため、「ながら食べをしない」のルールも守れませんでした。

食事を終えた後、店主が入れてくれたお茶はまさかのレモングラスティー。「珍しいですね」と伝えると、店主は「自分で育てたの」と言い、育てている他の花のことからOL時代のことまで、様々なお話をしてくれました。そして帰り際には、お店に飾っていた小さなバラをお土産に持たせてくれました。

店主からいただいた小さなバラ

今回の『孤独のグルメ』ごっこは、食べたものに対する自分の手ごたえと2回の掟破りを踏まえると、正直、100%井之頭五郎になりきれたとは言えません。しかし、それ以上の大きな収穫がありました。五郎にならって自分で店を選んだからこそ、写真やレビューとの比較に気を取られず、新鮮な気持ちで食事をすることができたのです。

確かに、事前に調べれば苦手なものを食べる事態は避けられます。しかし、今回新しい店やごはんとの“出会いの喜び”を経験したことで、それが“美味しさ”よりも幸福感が強いことが分かりました。『孤独のグルメ』ごっこを終えた後も満足感に浸ることができたのです。

なれそうでなれない、井之頭五郎の魅力

自分が夢中な理由を探るべく行った『孤独のグルメ』ごっこでしたが、振り返ってみると、実施前に自分で設けたルールにヒントがあったことに気が付きました。五郎を模倣するうえで無意識に設けた4つのルールでしたが、それは五郎と私の食事への向き合い方の違いだったのです。

まず、店選びのルール「下調べをしない」「商業ビルやチェーン店に入らない」ですが、普段はあらかじめ評価を見て決めた店や、安心感のある店が集まる商業ビル・行った事のあるチェーン店ばかりに入ってしまいます。その根底には、「失敗したくない」という強い思いがあり、せっかく外で食べるならば、美味しいものを食べたいという思いから、安心を追い求めてしまうようです。

しかし、五郎は違います。クチコミにも頼らず店を探し、五感をフル活用して店を決めています。もちろん、ドラマの世界なので「失敗」はあり得ないのですが、ドラマの中の五郎は、実際、そうやって店を探しています。

そして、食事のルール「ながら食べをしない」「自分の感想を持つ」ですが、私は一人だとどこに視線を合わせればいいかわからず、ついスマホをいじりながら食べてしまいます。そして、とても情けない話なのですが、味の感想を誰かと共有し、共感を得られないと、自分の評価に自信が持てません。

味覚など誰もが一緒であるわけがないのに、それすらも自信が持てないなんて…。比べて五郎は、ながら食べをせず、しっかりと目の前のご飯に向き合っています(他人のご飯も気になっているようですが)。そして、心の中で素直に、自分の言葉で味の評価をしています。普段はモノローグで五郎の心の声が流れるのですが、たまにリアルな五郎から感嘆の声が聞こえるときがあります。その様子を見ると、たとえ一人でも声に出してしまうほど、自分の美味しいという感情に素直なのだろう、と感じます。

スマホに頼り切りな私にとって、勘で店を探す五郎は憧れ。一人での食事が苦手な私にとって、孤独を楽しむ五郎はもはやファンタジー。現実感がありながらも、どこか遠い存在。手が届きそうで届かないから、追い求めてしまう。それこそ、私が『孤独のグルメ』に夢中になる理由の一つなのだと思います。

反省点の多い『孤独のグルメ』ごっこでしたが、それを踏まえてまた個人的に第二弾も実施しようと目論んでいます。
色々な楽しみ方ができる『孤独のグルメ』、まだ見たことがない!という方は是非ご覧になってみてくださいね。

ライター:谷村


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